1: 2017/04/09(日) 17:26:11.54 ID:CAP_USER9
「次代のスター」と呼ばれる選手は数多くいるが、フル代表に入って最初からうまくいくケースは少ない。女子サッカー界のレジェンド・澤穂希も、中学で代表入りした頃は「もらったボールをそのまま後ろに返すだけで、先輩から『前を向け』と叱られた」というし、宮間あやも試合終了間際のFKに時間をかけ過ぎて、そのまま笛を吹かれた経験がある。そうした失敗を糧にして彼女たちは成長し、のちの活躍につなげたわけだが、一方で、与えられたチャンスをいきなりつかむ選手も、皆無というわけではない。

 今から遡ること11年前の2006年5月7日、なでしこジャパンは今回と同じ、熊本でアメリカ女子代表を迎え撃った。当時、KKWINGと呼ばれていたスタジアム周辺は朝から濃霧が立ち込め、至近距離にある熊本空港は午前の数便が着陸できず、福岡空港にダイバート(目的地変更)するほど。試合開始時点でも、空は分厚い雲が立ち込めていたが、岩清水梓がどんよりした空気を吹き飛ばした。

 他の選手がコンディションを崩したため、急きょ決まった代表初先発だったが、この新鋭DFは、そんなハンディキャップを感じさせない動きで、アビー・ワンバックをはじめとするアメリカの攻撃陣と渡り合ったのである。最終スコア1対3で日本は敗れたのだが、明らかな誤審によるPKさえなければ、どうなったかわからない。セットプレーから先制ゴールを奪うなど、好守両面でワールドクラスの証明をした岩清水は、以後10年間、なでしこジャパンで活躍し続けた。

 当時の出場選手で、11年後の今回もなでしこジャパンに名を連ねているのは、宇津木瑠美(シアトル・レインFC)ただひとりだ。正確な左足を買われて、若い頃から代表に招集された彼女は、岩清水とは異なり、ポジション獲得に時間がかかった。日テレ・ベレーザからフランスへ移籍し、当地でプレーを続けながら、外国人選手に伍して戦える戦闘力を身につけた。2011年の女子ワールドカップ・ドイツ大会では、準々決勝のドイツ戦で逃げ切り要員として出たくらいだが、翌年のロンドン五輪はケガでメンバーを外れたが、これを前にしたトレーニングマッチで存在感が急上昇。2年前の女子W杯カナダ大会では主力として活躍した。順当なら、昨年のリオオリンピックで「澤穂希の後継者」を襲名していたはずだ。

 ところが、3月のアジア予選を前に所属チームでまたもやケガに見舞われる。本人のコメントでは、プレーできる状態にはあったようだが、佐々木則夫監督(当時)が半年後の本番を見据えた結果か、メンバーリストには宇津木の名前がなかった。宇津木のいないなでしこジャパンは、予選3位でリオ五輪本大会への出場権を失った。フィジカルの強いオーストラリアの選手に蹂躙され、結果が出ずに下を向く日本選手の姿を見ながら、プレーとメンタルの両面で日本人離れしている宇津木の不在を、どれだけ嘆いたことか。

宇津木と澤には共通する部分もある。日テレ・ベレーザ出身で、海外でのプレー経験も豊富。さらに身体の大きな相手との競り合いにも譲らず、ピッチ全体を俯瞰できる戦術眼まで、澤と同じだ。得点力という部分では澤に譲るが、宇津木には広い視野を活かせる、長いレンジのキックがある。筋力でヒケをとり、ショートパスに偏りがちだった日本に不足していた大きな展開力を、宇津木は加えられるのだ。

「なでしこジャパンのサッカーは細かい約束事が多く、よくサッカーを知っている人でないとわかってもらえない部分もある。初めてサッカーを見た人でも『わあ、すごいなぁ』と思ってもらえるような大きなプレーも必要だと思います」(宇津木)

 年明けの合宿時から「今は笑っていられるけれど、勝てない時が来た時にどうすればいいかが問題」と、若手がぶつかる壁を予見していた。昨年来のケガと付き合いながら参加したアルガルベカップでも、安定感があった。今回も、所属するアメリカの女子リーグ開幕前という不安要素はあるが、ひとたびピッチに立てば、助っ人らしい活躍を見せてくれるはずだ。

 さて、先月初旬のアルガルベ杯では、横山久美(AC長野パルセイロ・レディース)がエースの座を確たるものとし、初召集された長谷川唯(日テレ・ベレーザ)のブレイクもあったが、チームとしては2勝2敗。内容も手放しで褒められるものではなかった。それもあって「アルガルベ杯から5試合目という感じ」(高倉麻子監督)のコスタリカ戦は、約三分の一の選手が出し入れされた。今夜のゲームの2日後にも、一般非公開でコスタリカとの再戦が組まれており、高倉監督の中では2試合がセットで考えられているはず。初戦のメンバーがどういった構成になるのかは、フタを開けてみるまでわからないが、観戦に来たファンを失望させるほどテストを優先させるとは考えづらい。
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