1: 2016/07/13(水) 00:23:10.04 ID:CAP_USER9
鈴木大輔、スペイン2部激闘記(前編)
6月11日、スペインのタラゴナ。

「あと1試合、戦いたかったすね」

 シーズンすべての戦いを終えた夜、鈴木大輔は自宅のソファに身をうずめながら、テレビで試合を見返していた。冷蔵庫から出したアクエリアスを、ボトルのままでごくごくと飲む。体は火照ったまま、喉の渇きがどうにも癒えない。食卓のランチョンマットの上には、食べ終えたクリームシチュー、混ぜ御飯、豚の角煮の皿やら茶碗やら箸やらがそのまま置いてあった。

「日本人的な表現かもしれないですけど、“学ばせてもらったな”とは思っています。自分以上でも、自分以下でもなく、自分らしく戦えたなぁと。やりきったとは思っていますよ。それに、“成長できている”という手応えがはっきりとあるんです」

 そう言ってから窓の外を見やると、暗闇の中、スタジアムの残光がだいだい色に空を照らしていた。
 今年元旦だった。鈴木は柏レイソルを自ら退団している。本人にとっては動機のはっきりした行動だったが、周囲にとっては意外だっただろう。密約を交わしたクラブがあったわけではない。事実、1カ月以上も所属先なしの状態に陥った。スペイン、リーガエスパニョーラ2部のヒムナスティック・タラゴナ(通称ナスティック)に練習生で飛び入りし、どうにか契約をもぎ取ったが、向こう見ずな挑戦だった。

「自分では、そこまでの覚悟とかではなくて。海外でプレーすると決めちゃったから仕方ない、という感じだったんです。バカになれるのが才能なのかもしれません」

 そう語る鈴木は楽天家だ。成功するか失敗するか、より、やってみるだけと開き直れる。好奇心、冒険心が豊富で、失望ということに鈍感。突っ走れる性分が彼を後押ししたのだろう。
 3月、右サイドバックの出場停止によってポジションを得ると、4試合連続先発フル出場。その後、リーグ戦終盤にはセンターバックとしての先発機会をつかむ。そこで如才のないプレーを見せると、9試合連続先発フル出場を果たすことになった。そして5勝4分けと無敗に貢献。わずか5失点という守備の安定をもたらした。
 1部昇格を目指していたナスティックは、鈴木のおかげで3位に定着(1、2位は自動昇格。3~6位で残る一つの枠を巡ってプレーオフが行なわれる)。最終節を前に自動昇格の2位も可能な状況になったが、最終節で2位レガニェスが勝利したことにより自動昇格は逃している。

「自分が入団して間もない頃だったんですが、ロッカールームで選手たちがどんちゃん騒ぎしていることがあったんです。“なんで、ここまではしゃいでいるんだろう?”と驚いて聞いたら。『喜べ、(数字的に)2部残留が決まったぞ!』って。ナスティックは今シーズン、2部に上がってきたばかりのチームなので、最初は残留することが目標だったんですよ」

 残留を確定させたナスティックで、鈴木は昇格の旗手となっていった。
一方、強敵たちとの対戦は、ピッチに立つ鈴木自身を1分1秒の単位で鍛錬した。
 右サイドバックとして相対して印象に残っているのは、昨季まで1部で戦っていたコルドバの左利きMFフィデル。センターバックとしては、アルメリアの10番を背負ったホセ・ポソだった。ホセ・ポソはレアル・マドリードの下部組織からマンチェスター・シティに渡り、期限付き移籍していた有望な若手である。リーガ2部には老練なベテランやバルサやレアル・マドリード育ちの元エリートがどのチームにもごろごろといる。
 ナスティックでも、鈴木がセンターバックの座を奪ったイアゴ・ボウソンは各年代のスペイン代表を経験し、1部で100試合近くに出場、プロ18年目のベテランである。左利きのMFセルヒオ・テヘラは、15歳でチェルシーの下部組織と契約。アシール・エマナはW杯カメルーン代表、ゲオルギ・アブルヤニアは10代からジョージア代表、レビ―・マジンダはガボン代表と、各国代表選手も擁する。
 そこでは名前や経歴は通用しない。日々、実力やコンディションによって、順列はアップデートされる。

「(ビセンテ)モレーノ監督が、試合ごとにいい選手を使う、という人でよかったです」

 鈴木はピッチでの出来事に集中した。

「モレーノは、レイソルのネルシーニョに似ているかもしれません。監督のタイプとしてはモチベーター。戦う雰囲気にするのがうまい。調子のいい選手をどんどん使う点も。自分は主力の出場停止で右サイドバックに抜擢されて定着しましたが、外れた選手はキャプテンでした。日本なら考えられません! センターバックで使われるようになったときも同じ状況で、前半戦はレギュラーで、1部で実績のある選手が次はベンチ外でしたから」

 徹底的な実力主義。リーガという修羅場では、その競争原理が確立されていた。

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