1:Egg ★@\(^o^)/ :2017/05/14(日) 11:45:08.83
◆それはアラウージョでもマグノでもなく。

2001年の春に万博の地を踏んで、早や16年。いまやガンバ大阪の生き字引にして、生ける伝説だ。
 
当ウェブサイトの連載シリーズ『黄金は色褪せない』に登場する遠藤保仁。近日公開予定のインタビュー記事のなかから、今回はガンバファンにとってなかなか興味深いパートのみ、先出しでお届けしよう。
 
訊いてみたのは、ヤットが考える「ガンバ最強助っ人」は誰か。
 
在籍17年目。その期間に苦楽をともにした外国籍選手は数知れない。やはり印象深いのは、遠藤自身のラストパスに呼応してゴールラッシュを決め込んだ一線級のストライカーたちだ。アラウージョ、マグノ・アウベス、パトリックのいずれかが有力候補で、タイトル奪取の貢献度で推し量るなら、ルーカスかシジクレイも妥当な線。常人離れした思考回路を持つ遠藤だけに、大穴として技巧派のマルセリーニョ・カリオカあたりまでを想定していたが、どれもこれも不正解だった。
 
「たしかに普通に考えれば、アラウージョかマグノになるんかな。あの決定力は半端なかったし、チームを勝利に導いたってところではあのふたりのどっちかやと思うよ。でも、俺の中での最強は違う。地味やけど、ファビーニョ」
 
一瞬、頭の中が「???」となったが、遠藤の「ほら、小柄で10番着けてたブラジル人」という一言で思い出した。

◆ヤットの攻撃性能を最大限に引き出した職人。

2002年、西野朗政権の1年目に、1シーズンだけ在籍した黒人のボランチだ。ちなみにその翌年から二川孝広が彼の後を継いでガンバの10番を背負うわけだが、またなんでファビーニョがナンバーワンなのだろうか。
 
「あんましみんな覚えてないかもしれんけど、俺的にはファビーニョ。まさにね、ザ・ブラジル人ボランチ。ボールをガンガン狩れるし、とにかく無駄がなくて、ミスが少ないうえに、シンプルなことしかしない。で、ボールを奪ったら速攻でボールをくれる。プレーが分かりやすくて正確だから、一緒にダブルボランチを組んでてすごくやりやすかった。このタイミングで渡すの? とか、まったくなかったからね」
 
2001年シーズン、京都サンガから移籍してきた遠藤の相棒は、稲本潤一だった。強力デュオを形成してすぐさまチームの屋台骨となったが、イナは半年でアーセナルへと旅立ち、シーズン後半はベストパートナー不在のまま、悪戦苦闘を余儀なくされた。

やがて西野体制となり、入団してきたのが守備職人のファビーニョだ。完全な汗かき役として振る舞い、遠藤の攻撃性能を最大限に引き出した。
 
ガンバがいよいよヤットのチームになる、その礎を築いたのが2002年シーズン。本人は口にしなかったものの、言うなればファビーニョは“恩人”なのである。
 
「俺が守ってやるから好きにしろって感じやったね。思い切り自由にプレーさせてもらった。かなり意外でしょうけど、俺にとってはファビーニョが一番。まるで10番っぽくなかったけどね(笑)」
 
わずか1シーズンの在籍ながら、2005年シーズンに記録にも記憶にも残る鮮烈な活躍を見せたアラウージョのように、遠藤にとってファビーニョは、万博に1年だけ舞い降りた天使だったのかもしれない。
 
取材・文:川原崇(サッカーダイジェストWeb編集部)
2017-05-14_12h31_21
SOCCER DIGEST Web 5/14(日) 10:00
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170514-00025644-sdigestw-socc
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