1: pathos ★ 2018/05/20(日) 16:48:25.14 ID:CAP_USER9
 ロシアワールドカップに向けた27人の日本代表候補メンバーが発表された。驚きだったのは、今季ポルトガルで大ブレイクを遂げたFW中島翔哉の名前がなかったことである。「ポリバレントではない」というのが西野朗監督からの評価。仮に指揮官の言葉が嘘偽りない真実だったとしたら、その見方は適正だったのだろうか。(取材・文:舩木渉)

 中島をポルトガルに熱心に誘って移籍を後押ししたポルティモネンセのポンテTD(テクニカルディレクター)も自身のフェイスブックを更新して「中島が(日本代表から)外れたのは全くもって理解できない。西野監督は大きなミスを犯した。私は35年間サッカーの世界にいるが…あのコメントは信じられない」と憤りをあらわにした。

 かつて浦和レッズでもプレーしたポンテ氏が指摘した「あのコメント」とは「中島はポリバレントではない」という部分。それに対して「彼は今季、4つの違うポジションでプレーしていた。リーグのアシストランキングでも4位で、10ゴール12アシスト。リーグのベストイレブンだ」と反論する。

 今季の中島は29試合中21試合がフル出場だったが、そのような試合の多くでは他のポジションの選手交代にともなって、左ウィングから2トップの一角やトップ下、右ウィングに移った。試合ごとに違う戦術の中でも、監督の信頼を得てピッチに立ち続け、ポンテ氏の言うような「4つのポジション」以上に多くの役割を果たしていたとも言える。

 さらに「クラブにはパリ・サンジェルマン、ポルト、ベンフィカ、スポルティングCP、シャフタール・ドネツク、ドルトムントという6つのビッグクラブから公式オファーが来ている。さらに10以上のクラブが彼に関心を示している」と明かし、「ミスター・ニシノは中島のパフォーマンスと価値を本当に理解しているのか? 不正を働いたのではないか?」と西野監督の決断に疑問を呈した。



●化学用語からサッカー用語になった「ポリバレント」

 そもそも「ポリバレント」という言葉の意味が再検証されなければいけない時期にきていることにも触れておきたい。オシム元監督は「ポリバレント」を「複数のポジションをこなす」という解釈で用いたが、これは10年以上前のことだ。
 
 それからサッカーは急激な進歩を遂げ、いまや「フォーメーション」や「ポジション」というのは単に形式的なものであって、ピッチ状の事象において意味を持たなくなってきている。便宜的に選手の大まかな立ち位置という意味での「フォーメーション」や「ポジション」は存在するが、それよりも選手個々の能力に応じて与えられている「タスク」の方が重要な意味を持つ。

 中島も左ウィングという「ポジション」がメインだったのは間違いないが、与えられる「タスク」は試合によって異なる。多岐にわたる「タスク」を柔軟にこなしてゴールやアシストという結果を残していることも、ある意味で「ポリバレント」と言えるのではないだろうか。

 ハリルホジッチ前監督には代表選手の明確な選考基準があった。例えば「公式戦で継続的にプレーしているか・していないか」「コンディションは万全か・そうでないか」「ゴールを決めているか・決めていないか」といったハッキリとした線引きがなされていた。リーグの格やレベルに左右されず、純粋なパフォーマンスの質が重視された。だからこそ納得感のあるメンバー選考になっていたことが多かったように思う。

 一方、西野監督による日本代表選手の選考には明確な基準が見えてこない。「ポリバレント」という言葉で何となく片付けられてしまっている印象すらある。「何でも器用にできる」というのは裏を返せば「突出した武器がない」「全てが一流ではない」などと捉えることもできる。それらは紙一重の差だ。

 ハリルホジッチ前監督は、中島にここぞの爆発力とゴールに絡める力を期待して抜てきした。しかし、西野監督の日本代表は「没個性」の集団になってはいないだろうか。「出る杭は打たれる」ということわざもあるが、もし「徹底的に個性を消して組織力にフォーカスすること」が「日本化した日本のサッカー」だとするならば、中島のような突出した武器を持つ将来性豊かなタレントをワールドカップという4年に一度の大舞台から排除したことが、日本サッカー界の未来に深刻な打撃を与えるかもしれない。

全文:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180520-00010001-footballc-socc


★1が立った日時 2018/05/20(日) 14:37:07.00
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